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Journey to the future moon



一枚の絵がここにある。未来の月を描いたものだ。色とりどりの姿形をした生き物たちが月の基地を行き交っている。スライム状の体に甲殻状の手足が生えた生き物の親子連れ、二足歩行の哺乳類のように見えて、表面はサファイヤのように緑色に輝いている生き物の彼は、ウィンドーショッピングをしていて、黒光りする芋虫のような店員から黄色い酸素ボンベを紹介されている。黒い芋虫が「今年の流行りのお色は、黄色です」などといって酸素ボンベを紹介しているかたわらで、緑色の生物の恋人と思しき棒人間がケータイ電話をみて流行りの日光浴スポットを探している。


未来の月では、21世紀に生きた地球人たちの自伝映画鑑賞が流行っていて、21世紀の地球人を代表し、初めて宇宙連邦との協定書にサインしたスカーレット田中大佐の自伝映画がその年の全宇宙アカデミー賞の最高賞を獲得している。


スカーレット田中大佐の自伝映画とは、彼が生まれた時に網膜の奥に手術で埋め込まれたマイクロビデオカメラが捉えた映像が元になっていて。スカーレット田中が生まれてから死ぬまでにみた163年と214日8時間24分2秒間の全ての光景を高速再生し、2時間の作品として上映している。その高速映像を見て、宇宙連邦の市民たちは、映画館の中で爆笑するのだ。スカーレット田中大佐の人生は、私たち人間からしたらそれは、壮絶なものであった。しかしながら、宇宙連邦の人々はそれをみてこぞって爆笑する。そう、彼らにとってスカーレット田中の壮絶な人生は、恐ろしいほどに生きる喜びに満ちているものなのだ。それは、地球人達の争いの歴史であり、調和と共生へと至る宇宙連邦の愛の歴史でもある。彼らの爆笑とは、永遠の生を受けた生物たちによる永遠の共存共栄の誓いの爆笑なのだ。


8歳のときの田中たお君の描いた未来の月の絵は、お母さんの手により綺麗に額縁に入れられ、2024年の今日に至るまで東京の駒込の家の窓辺に保存されている。


幼少期にスカーレット田中というあだ名で呼ばれていた田中たお君は、34歳になり、2024年の今日、スーパーでアルバイトをしいている。南の島国からの移民たちと一緒に毎日棚卸しをしたり、配達をしたりしている。ストレスだらけの毎日だ。

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