古美術商人

                   Painted by Picasso

マモルとレイコは、南方にある健やかな島国、マラガで慎ましく生活をしていた。マモルは、レストランで働き、妊婦のレイコは、家で働いていた。マモルは、家で絵を描くのが好きだったが、それは一個人の趣味の範囲にしかすぎなかった。アートが盛んなこの街にマモルが移住して5年、レイコと一緒に住み始めて2年が経つ頃だった。そんなある日、マモルが仕事からアパートに帰ると、隣の部屋の住人がアパートのドアの前で待っていた。隣人とは普段笑顔で挨拶する程度の間柄だったが、お互い同じ地方出身の人種ということで親近感を持っていた。男は、いつものように気前のいい声で挨拶し、ある預かりものをマモルに頼んだ。マモルに預かってほしいものとは、ペルシャ絨毯だった。男は、高価そうなペルシャ絨毯をマモルの部屋の前に持ってきた。「少しの間だけ預かってくれないか。お礼はするから」と気前の良い調子でマモルに隣人は頼んだ。物珍しい気持ちとこの不思議なお願いに対して好奇心を抱きながらマモルは承諾した。

その素敵な絨毯は、慎ましかった部屋をとても魅力的なものにした。悪くないと思った妻は、預かる理由を聞かなかった。

  3日ほどたって、2人の大柄な男が隣人の部屋を訪れた。隣人は不在だった、2人の男はあくる日も隣人に会いに部屋を訪れた。隣人はまたも不在だった。そのまた次の日、2人の大柄な男が隣人を引き連れてアパートまでやってきた。半ば強引に部屋に押し入ろうとする二人と調子の良い口調で絶えず喋りながらドアを開ける隣人。3人が部屋に入っていったあと、最初は口論のようなものが聞こえたが、10分もすると次第に笑い声がアパートのフロアに響き、何か腑に落ちたらしい2人の男が部屋から出ていく音がした。数日後、隣人がマモルの部屋のドアをノックした。預かっていたペルシャ絨毯をマモルが男に返すと男は、丁寧にマモルにお礼し、マモルを食事に招待した。隣人の名前はポールといった。マモルとポールは、故郷の話で盛り上がった。食事が終わったあと、ある老人の家に絨毯を売りに行くから付いてきてくれないかとポールはマモルを誘った。食事をした後、アパートに引き返し、絨毯を抱えた二人は老人の家に着いた。ポールは、老人の前では、古美術商を名乗った。「どうも友人のマモルです。」とマモルが一言、「マモルは、故郷じゃ有名な画家なんだ」と付け加えるようにポールは老人に説明した。「先日ご相談を受けた絨毯の件なんですが、こちらがそうです。」車椅子に座る老人がマモルとポールを黙って見やったあと、絨毯を鋭い眼光で見つめた。老人は、奥の部屋に入っていき封筒を持って戻ってきた。老人は札束の入った封筒をポールに無言で渡した。ポールは、笑顔で礼を老人に言うと黙ってことを見届けていたマモルを連れ立って部屋を出た。二人はまっすぐ家路を歩いた。いつかの大柄の二人が絨毯屋のいるのを見かけた時、マモルは、絨毯が盗品であることを確信した。ポールは、ご機嫌な調子で二人に挨拶し、何事もなかったかのように絨毯屋を通り過ぎた。アパートに着くと。「これは、付いてきてくれたお礼だ。」といってマモルに10万円を渡そうとするポール。断ろうとするマモルだったが、それ以上に嬉しそうな顔で札束を握らせるポールをマモルは、断れなかった。マモルも家計が大変だったのだ。あの絨毯が盗品かを問いかけようとした瞬間。ポールは、マモルに部屋でトランプをしないかと誘い、マモルをこざっぱりした部屋に招き入れた。トランプは、すべて引き分けだった。マモルは、ポールが巧妙にイカサマをするところを全て見抜いた。ゲームをコントロールしたのは、イカサマをするポールでも、それを見破るマモルでもなかった、引き分けは、二人が全力を尽くした勝負の結果だった。ポールは、相手を欺く事で常に勝負ごとを勝利に導いてきた。だからマモルには驚いたのだった。「いいゲームだった。こんなに白熱したのは初めてだ。」感慨ぶかげにポールは言った。マモルは、ポールを面白い人物だと思った。帰り際、「ポールさん、あなたは本当に私と同郷なんでしょうか?ポールって名前聞いたことないです。」聞かれてなぜか半分嬉しそうにポールは、口を開いた。「そんなことどうでもいいじゃないですか。今日のことも含めて私たちは、すでに思い出を共有しているわけですから。」このポールと名乗る人物を信用してよいとは思わないが、どことなく愛着が湧いたマモルは、「共有ね。」と一言いって頷き、別れを言って部屋を後にした。

  数日経った休みの日、マモルは、自分の描いた野菜の絵を八百屋に渡すために市場に出かけた。店のどこに飾るかを店長と思案していると、通りすがりのポールが現れた。「私ここで野菜買っているんです。」その絵は、なんの変哲もない野菜を描いただけの絵だったが、ポールは感心してそれを見た。用を済ませて、マモルとポールは家路を歩いた。「あんた、あれをただであげたのか?」「そうだよ。あの八百屋には、女房がいつも世話になってて、いつもサービスしてもらってるんだ。だからそのお礼にあげたんだ。」「そうか。今度、こないだの爺さんにあなたの絵を売りに行かないか?」「いや。あの爺さんには無理だろ。」「いや、うまくいくと思うんだ。私たちの故郷の絵でも描いてくれないか?俺が爺さんに説明するよ。こないだみたいにマモルは、黙っていてくれればいいから。来週の土曜日に絵を取りに行くから。それじゃ、よろしく」まくし立てるように話すポールにマモルは了解した。

説明。そんなことをされたら溜まったもんじゃないと思ったマモルだったが、同郷なのかどうか疑わしいポールが本当に私の描いた故郷の絵を説明できるのだろうか?そう思いながらもマモルは、数枚の故郷の写真を見ながら絵を描いた。土曜日の朝、マモルは、絵を描き終えた。絵を毛布に包んでヒモで結わえた。マモルは、ポールの部屋に運んだ。ポールは、ヒモを解いて絵を出すとすぐにまた毛布に包んでしまった。「これは、素晴らしい」そう言った。「あんたちゃんと見たのか?」「見たよ。魚の絵だろ?」「魚?」マモルは、そんなものを描いたつもりはなかった。「いい魚だ。俺が、爺さんに故郷の魚について説明するよ。爺さん、喜ぶと思うぞ。そうだ、魚を人が釣っている絵にしよう。それでいいじゃないか。」「だめだ。そういう絵ならもう一度ちゃんとこれから描く。」「いいかい、絵なんて見た人がどう捉えるかなんだ。君の絵をみて感動した。僕にとってはこの作品は、あの街に流れる川の釣り人を描いた絵なんだ。あの爺さんは、耳が遠いいし、視力も悪そうだ。その分、感動させればこっちのもんだ。」「あんたこないだ共有って言っただろ。あの話は、どこに言ったんだ。」怒り半分でいうマモル。ニヤリと笑いながらポールが「いいかい、感動は、共有あってこそだ。この絵を売ろう。」

老人は、部屋で娘の写真を眺めていた。ノックする音にしばらく気づかないでいたが、「シャーロックさん」とドアの外から呼ぶポールの声に反応し、老人は扉を開いた。

「こないだお話した、マモルさんの絵を持ってきました。こちらがそうです。」ポールがヒモを解くと老人は、ゆっくりと身を乗り出してキャンバスをのぞいた。「これは、鳥の絵かい?」マモルは、戸惑った。ポールは、それを横目に気前よく老人に話かけた。「そうです。この鳥は、トキといって、アジアに生息する絶滅危惧種です。」「ああ、昔、日本っていう国に行った時、女房と見たな。綺麗な鳥だった。」「奥さんと一緒に日本に行かれた思い出があるのならこの絵はちょうどいいかもしれませんね。」老人は、遠くをみるように少しぼうっとして、涙を流した。涙を流す老人を見てマモルは、驚いた。マモルは、その瞬間、自分の絵をこの人に届けて良かったと思った。家に帰り、マモルの部屋でマモルとポールは、夕食を共にした。札束の入った封筒が置かれた食卓の上で二人は握手した。レイコは、黙ってそれを見届けた。

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